布川事件をご存知でしょうか?

1967年に茨城県北相馬郡利根町布川で発生した強盗事件で通称「布川事件(ふかわじけん)」と呼ばれています。

布川事件で犯人とされ、無実の罪で29年間も刑務所に収監された男性がいました。

それが、桜井昌司さんです。

この記事では、布川事件で冤罪を被った桜井昌司さんが収監(刑務所に入ること)されてから、無罪判決を受けるまでの経緯と、その後の桜井昌司さんの活動についてまとめてみました。

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布川事件の概要

布川事件は、1967年(昭和42年)に茨城県で発生した強盗殺人事件です。

殺害されたのは、独り暮らしだった大工の男性(当時62歳)で、仕事を依頼しに来た近所の人によって自宅8畳間で他殺体として発見されています。

 
殺された男性は、両足をタオルとワイシャツで縛られており首にはパンツが巻きつけられた上、口にパンツが押し込まれており、死因は絞殺による窒息死であると判明しています。

 
犯人として近隣に住む桜井昌司さんと杉山卓男さんの2人が逮捕・起訴され、無期懲役が確定しました。

しかし、証拠は被告人の自白と現場の目撃証言のみで、当初から冤罪の可能性が指摘されていました。

桜井昌司さんの無期懲役確定までの経緯

1967年10月23日に桜井昌司さんと杉山 卓男さんの2人は本件強盗殺人容疑で逮捕され、12月28日に同容疑で起訴されます。

公判で桜井昌司さんと杉山 卓男さんは「自白は取手警察署刑事課刑事に強要されたものである」として全面否認

しかし、1970年10月6日に第一審の水戸地裁土浦支部は無期懲役の判決

 
さらに、1973年12月20日の第二審の東京高裁では「ほかに犯人がいるのではないかと疑わせるものはない」として控訴が棄却されます。

1978年7月3日に最高裁で上告が棄却され、2人とも無期懲役が確定しました。

布川事件の疑問点

布川事件では、犯行を実証する物的証拠が少なく、桜井昌司さんと杉山卓男さんの自白と現場の目撃証言が有罪の証拠でした。

しかし、自白は取調官による誘導の結果なされたとして、桜井昌司さんたちは以下の6点の疑問を主張しています。
 

  1. 金銭目的の強盗殺人とされているが、何が実際に盗まれたのかを検察は明確にしていない。
  2. 43点の指紋が採集されたが、桜井昌司さんと杉山卓男さんの指紋が現場から出ていない。
    裁判では指紋は拭き取ったとしているが、物色されたはずの金庫や机から多くの指紋が検出されている矛盾点については説明がなされていない。
  3. 被害者宅へ犯人が侵入した方法についての自白が不自然。
    供述調書では「勝手口の左側ガラス戸を右に開けると、奥の8畳間から顔を出した被害者の顔が見えた」となっているが、現場の勝手口は左ガラス戸の内側に大きな食器棚が置かれていたため、わざわざ障害物がある方の戸を開けるのは不自然である上に被害者の顔が見えるはずがない。
  4. 事件現場の家の図面はを取調室内で見せられ、取調官の誘導で自白調書が取られた。
  5. アリバイとなる8月28日に二人の被告に会った人物の裏を捜査陣が取り、それら全てを8月28日以外の事にした。
  6. 自白では両手で首を絞めとなっていたが、被害者は紐で絞殺されていた。

これらの疑問点から、再審開始決定の時には「捜査官の誘導に迎合したと疑われる点が多数存在する」と認定されています。

 
また、以下の証拠が検察によって改ざんされていたり隠されていたりしました。
 

  • 事件当時の取り調べテープに中断(編集)した跡が何か所も見受けられた。
  • 女性が犯行現場で被告人以外の人を見ていた。
  • 現場では毛髪が8本発見され、この毛髪の鑑定書については検察側が存在を否定していた。
    8本の毛髪の中に桜井昌司さんと杉山卓男さんのものはなかった。

これらの録音テープ、後述の毛髪鑑定書、女性の目撃証言は2度目の再審請求の際に検察が初めて開示しています。

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桜井昌司さんの再審請求から無罪確定までの経緯

収監された桜井昌司さんと杉山卓男さんの二人は1996年11月の仮釈放後も無実を訴え、民間人の有志の協力で2001年12月6日に第二次再審請求を水戸地裁土浦支部に申立てます。

ちなみに1回目の再審請求は、収監中の1983年12月23日に行われ棄却されています。

 
同支部は2005年9月21日に再審開始を決定しました。

これに対して検察側は東京高裁に即時抗告しましたが、2008年7月14日に東京高裁はこれを棄却。

その後、検察は最高裁判所に特別抗告しますが、2009年12月15日に最高裁は、検察側の特別抗告を棄却し再審開始が確定します。

 
2010年7月9日に水戸地方裁判所土浦支部にて再審第1回公判が開かれます。

以後6度の公判がおこなわれた後、2011年5月24日に判決公判が行われました。

判決公判で被告の両名に強盗殺人罪について無罪、別件の窃盗罪や暴行罪について懲役2年・執行猶予3年の判決が言い渡されたのでした。

 
布川事件で再審無罪までにかかった期間は44年であり、これは戦後に起きた事件の中で最長だそうです。

桜井昌司さんのその後と現在

2011年8月29日に桜井昌司さんと杉山卓男さんの二人は水戸地方裁判所土浦支部に、刑事補償法に基づき補償を請求します。

請求金額は各1億3千万円(12500円×365日×29年)。

さらに1審から上告審までにかかった裁判費用約1500万円を支払う決定をしています。

さらに2012年12月12日には、冤罪の責任追及のため、桜井昌司さんが国と茨城県を相手に国家賠償請求訴訟を提起しています。

 
現在、桜井昌司さんは、冤罪防止のため取り調べの可視化を訴える活動を行っている。

桜井昌司さんのブログ:桜井昌司『獄外記』

まとめ

布川事件で強盗殺人の冤罪着せられた桜井昌司さんに関して、布川事件の概要や裁判の経緯、捜査の疑問点などをまとめて見ましたがいかがでしたでしょうか?

日頃、殺人事件の冤罪なんて自分には全く関係ないことと考えている方が多いと思いますが、警察や検察の思い込みや権力濫用によって、無実の罪を着せられる危険性は十分あるということで怖いことですね。

 
40年以上前の事件ですが、現在の警察や検察の犯罪捜査への態度が劇的に好転したとも考えにくい状況です。

そのような状況において、桜井昌司さんたちの努力も実り、日本においてもようやく2016年5月に被疑者取調べの全過程の録画を義務付ける改正刑事訴訟法が成立しています。

今後、公正な捜査と取り調べが確実に行われることを期待したいものです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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